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高知地方裁判所 昭和48年(行ウ)1号 判決

原告 高橋栄喜 ほか一名

被告 高知郵便局長

訴訟代理人 大道友彦 岡崎範夫 高岡正義 東信喜 ほか六名

主文

被告が原告らに対し、昭和四七年一月一三日付でなした各戒告処分をいずれも取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1〔編注:原告らが高知郵便局集配課勤務の郵政事務官である事実〕2〔編注:原告らに対する無断欠勤を理由とする戒告処分の存在〕項の事実については当事者間に争いがない。

二  本件処分理由の存否について

1  岩村については昭和四六年六月二五日及び二六日が、また、高橋については同月二四日が、それぞれ計画休暇付与予定日として同年度当初所属長によつて決定されていたこと、前記計画休暇付与予定日のうち、岩村については同月二六日が、高橋については同月二四日が、それぞれ変更されたこと、それにもかかわらず岩村及び高橋が右当日いずれも出勤しなかつたことについては、当事者間に争いがない。

2  被告は、原告らの計画休暇付与予定日の変更をしない場合には、高知郵便局集配課の業務運行上支障をきたすことになるので、原告らの計画休暇を前記のとおり変更した旨主張するので、その点につき判断する。

(一)  まず本件の計画休暇制度について考察する。

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)(イ) 郵政省と原告らの所属する組合との間には年次休暇に関する労働協約が締結されており、それによれば年次有給休暇には自由休暇と計画休暇の二種類がある。前者は労働基準法三九条三項が予想している一般的方法であり、後者は前者の方法で休暇を付与した際生じてきた欠陥すなわち労働者の年次休暇が完全に消化されず、保有日数が逐年増加していくことに対する対策として作られた制度である。

(ロ) この計画休暇の対象となる日数は、前年度に未使用になつた日数のうち一〇日に達するまでの日数及び前々年度の発給日数であつて前年度までに未使用となつた日数である。

(ハ) 付与方法は、職員が年次有給休暇請求書にその希望する時季(特定の月日である。以下同じ)を記入した年次有給休暇付与希望調書を添付して所属長に提出し、所属長は年度当初においてできるだけ当該職員の希望する時季にわりふるよう配慮して決定するのであるが、当該職員の希望する時季にわりふることが困難と認めたときは、当該職員に対し、他に希望する時季を申し出させるとともにこれによつてもなおその者の希望する時季にわりふることが困難であると認めたときは、当該年度中の他の適当と認める時季にこれをわりふつてその計画を決定し、これを当該職員に通知する(但し、前々年度の発給日数であつて、前年度までの未使用日数については、所属長がその年度の五月から順次各月について一日づつわりふり、かつ前記方法に準じてその休暇を与える)。

(ニ) 次に年度当初所属長が決定した計画休暇について、当該計画休暇を実施した場合事業の正常な運営を妨げると認められるときは、当該付与計画にかかわらず、事業の運営に支障のない他の時季に付与することとして、計画の変更ができることとされている。

(2) 以上の事実からすると、計画休暇は前年度及び前々年度に消化しえなかつた有給休暇の繰越し分を計画的に年間を通じて適宜わりふり、消化しようとするもので、本質的には年次有給休暇と異なるものではないから、年度当初に定められた計画休暇の変更は、労働基準法三九条三項但書に基づく時季変更権と同様の要件すなわち「事業の正常な運営を妨げる場合」にのみ許されると解すべきである。そしてこの場合、単に事業の繁忙、人員の不足というだけでは事業の正常な運営を妨げる事由となすに足らないのであつて(そうでなければ労働者は容易に休暇をとることができないこととなる)、事業の正常な運営を妨げないだけの人員配置をすることは当然の前提であり、その上に事前に予測の困難な突発的事由の発生等の特別の事情により、請求の時季に休暇を与えることができない場合に、時季変更権の行使が認められるものと解するのが相当である。

(二)  そこで進んで本件の岩村、高橋に対する計画休暇の変更が、右の要件に該当し適法に変更されたか否かにつき判断する。

〈証拠省略〉を総合すると次の事実が認められる。

(1) 岩村について

(イ) 岩村は、当時高知郵便局の郵便集配受持区域のうち、主として市内三区(高知市下知地域の一部)の配達を担当していたが、同区は平常の場合常勤職員が一名で担当し、通常八〇〇通位が配達可能通数であつた。

岩村の所属長である今村課長は、昭和四六年六月二六日が同月二七日の参議院議員選挙の投票日の前日に当たるところから、同日中に選挙関係郵便物を完全に配達し終えようとし、二六日の同区の要配達通数が一、五〇〇通位あるものと予想し、右一、五〇〇通を完全に配達するためには、常勤職員二名の配備が必要であると判断した。

郵便配達の特殊性、すなわち通区していない者は、通区している者に比較して格段に配達能力が劣るという事情があるが、当時、市内三区において通区していたのは鈴木と岩村だけであつたので(吉岡も市内三区を配達することはあつたが、同人は通区訓練中であつた)、今村課長は、岩村の同日の計画休暇を変更し、勤務につけることにした。

なお、右の鈴木が同月二四日病欠し、同月二五日、二六日の出勤がはつきりしていなかつたことも、岩村の計画休暇を変更する理由になつた。

結局、同月二六日、市内三区には一、一〇〇通位の要配達物があり、岩村が出勤しなかつたため担当者は、鈴木だけとなつた(鈴木は二六日出勤した)。そこで下知地区の速達便配達のため配置していた非常勤職員である西村馨を午後から市内三区にまわした。

しかし、鈴木は病気上がりのため、残業を依頼することができず、また、西村は市内三区に不馴れであるため、結局九〇〇通位を配達したに止まり、二〇〇通位が未配達で残り、翌々日の配達となつた。また、西村を午後から市内三区にまわしたため、速達便の配達に支障をきたした。

(ロ) 右事実からすると、岩村に対する六月二六日の計画休暇の変更は、選挙関係郵便物完配を理由とするものであるが、六月二七日に参議院議員選挙の行われることは相当以前より判明していたことであり、その投票日までに選挙関係郵便物を完配しなければならないことは当時より当然予想しえたところであるから、所属長としては、そのための必要人員の確保、従つてまた計画休暇の変更も選挙に備えて早期になすべきであつて、予定休暇日の前日に至つて突如選挙関係郵便物の完配を理由として変更することは、予測困難な突発事由によるものとは認められないから、これをもつて時季変更の正当事由と認めることはできない。また二六日の鈴木の出勤がはつきりしていなかつたことも計画休暇変更の一つの理由とされているが、これとても所属長としては、事前に同人に対し出欠を確かめ、同人が当日欠勤することを確認したうえで、岩村の計画休暇を変更すべきであつて、その確認をすることなく、単に鈴木が欠勤するかもしれないことを予想して、岩村の計画休暇を変更し、しかも現実には鈴木が当日出勤したのであるから、結局本件変更は正当事由を欠くものといわざるをえない。

(2) 高橋について

(イ) 高橋は、当時、高知郵便局の郵便集配受持区域のうち、主として市内五〇区(汐江地区の一部)の配達を担当していたが、同区は平常の場合、常勤職員一名が担当し、一日の配達可能通数は、七〇〇から八〇〇通位であるところ、昭年四六年六月二四日の同区の要配達通数は一、三〇〇通が見込まれた。

当時市内五〇区を通区しているのは高橋と笹岡の二名であつた。

高橋の所属長である今村課長は、同月二七日の参議院議員選挙を控え選挙関係郵便物の配達に万全を期するため、同月二四日の同区の郵便物を完配することとし、そのためには笹岡のほか高橋も配置しなければ完配できないものと判断し、高橋の二四日の計画休暇を変更した。

同月二四日、高橋は出勤せず、笹岡が市内五〇区を一人で配達したため、同日の一、三〇〇通位の要配達通数のうち約一、〇〇〇通を配達したのみで約三〇〇通が未配達に終つた。

(ロ) 右事実からすると、高橋に対する計画休暇の変更は、選挙関係郵便物の完配を理由とするものであるが、前記岩村について述べた((1)の(ロ))のと同様の理由により、これをもつて時季変更の正当事由と認めることはできない。

(3) 結局岩村、高橋に対する計画休暇の変更はその要件を欠くものといわざるを得ない。

3  以上において述べた理由により、原告らの行為が国家公務員法九八条一項、一〇一条一項前段に違反し、同法八二条各号に該当するとの被告の主張はこれを認めることができない。

よつて原告らに対する本件戒告処分はその余の主張を判断するまでもなく取消されるべきである。

三  結論

以上の次第で原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下村幸雄 高橋水枝 豊永多門)

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